遺伝を信じるのではなく、自分を信じること

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ミゾソバの花
花言葉は”純情”

先日の伊吹山登山で見つけました。

可愛すぎて一目惚れ💕


持っている山に咲く花の図鑑には
載っていなくて

でも知りたくて探していたら
たまたま見た伊吹山関連のブログで見つけました。



願いって
ふとしたところで通じるんだな…




こんな感じで
小さいことからだけど、

最近、自分の願いが
叶う速度が早くなってきています✨

 

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シロバナグンナイフウロ(白花郡内風露)




花は実物も
写真でも癒されますね✨


自分で撮った写真で癒されてます(*^o^*)





さて、本題


遺伝について…




母に何かあると言われる言葉

私のことで 自分が気に入らないことがあると
「お前のそーいうところ、お前の父親にそっくり」


今度は私の息子で気に入らないところがあると
「この子のこーいうところ、父親と一緒だ」

挙げ句の果て
「自分の母親にはこう育てられたから、私はこうなった」


etc…




母親の言葉を真に受けて、嫌な思いも散々してきました。

というか、今も元気一杯の母なので口も達者なので
大なり小なりこんな感じなことを言ってます。





思ったんですが

”遺伝”


血の繋がりが顔とかも似るし
遺伝するものはあるのも当然ですが

一緒に住んでれば影響を受けるものもあるもので
全てそれが遺伝とは限らないものもあるんですよね。

親って
子供を自分の分身みたいに扱いたいところがあるんだろうけど


別の人間

なんですね。


母親の呪縛

死ぬまで縛られないといけいのか…



とも思ったんですが

親が死ぬのを待つのって

なんか違うと思うし。




母親の言っていることを
冷静に分析していけば


彼女の頭の中の感覚でものを話しているのも
わかってきました。




だから

”遺伝”

で片付けてしまうのも違うし




一人一人

親兄弟
先祖
血の繋がりはあるけど



可能性
能力

考え


自分が決めれるもので

たとえ親でも
一人の人のことを
こうだと決めつけるのは違うと思う。

親から縛られて、守られてるときもあったけど

産んでくれてありがとう、と
感謝だけ残して

 

自分で解いて
自分を解放して


誰の責任でもなく
自分を信じて生きていけばいい




全てに生かされ
守られていることを忘れずに



もっと自分の世界の枠を広げていこう


地球は広い
宇宙は偉大だ〜✨

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ちゃんと守られてるから大丈夫

   

 

最後まで読んでいただきまして

ありがとうございます(^ー^)